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名古屋地方裁判所 昭和42年(ワ)3627号 判決 1970年1月30日

原告

鈴木万蔵

右代理人

山口源一

加藤保三

被告

鈴木寒一郎

被告

大東京火災海上保険株式会社

右被告両名代理人

寺沢弘

主文

一、被告鈴木寒一郎は原告に対し金五一六万五、三七三円およびこれに対する昭和四一年九月五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告の被告鈴木寒一郎に対するその余の請求を棄却する。

三、原告の被告大東京火災海上保険株式会社に対する請求を棄却する。

四、訴訟費用はこれを五分し、その三を原告、その余を被告鈴木寒一郎の各負担とする。

五、この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方が求める裁判

一、原告。

被告らは原告に対し各自金一、一七二万六、四二八円及びこれに対する昭和四一年九月五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告ら。

原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二、原告の請求原因

一、原告は左記交通事故により傷害を受けた。

(1)  事故の日時 昭和四一年九月五日午後一時三〇分ごろ。

(2)  事故の場所 名古屋市中区老松町五丁目一〇番地先路上

(3)  加害車両 普通自動車(八名い九〇六〇号)

(4)  事故の態様 前記交差点手前で原告が普通自動車(以下被害車という。)に乗車し停車中、後方より被告鈴木が前記加害車両を運転し北進して来て前記停車中の原告車両に追突した。

(5)  傷害の部位程度

頭部・頸部打撲裂挫創、腰部打撲挫傷、脳震盪症、頸椎鞭打損傷。

(6)  後遺症

第三頸椎部圧痛、左前腕部知覚鈍麻、腰部前屈伸展位制限疼痛、第三腰椎仙椎部叩打痛、ラセーグ懲候著明右三〇度陽性、左下腿外側左足外側部知覚鈍麻、左下肢掌上筋力四。

二、原告が本件交通事故によつて受けた損害は左記のとおりである。

(1)  病院治療費

原告は事故後東陽外科病院で入院治療を受けているが昭和四二年七月一四日以降、昭和四三年九月一〇日までの治療費は金一一一万五、〇一〇円である。

(2)  治療雑費

原告は、右入院後昭和四二年一二月二三日に至るまで、入院治療雑費として牛乳等の栄養食、交通費、便器、楽呑、水枕等少くとも一〇万円以上を支出しており、また入院当初より約二カ月間は附添婦と妻繁乃が昼夜交代で附添し、その後昭和四二年一二月二三日まで妻が附添しているので、この附添費を一日一、五〇〇円として延一年五カ月間(五一五日)分で、金七七万二、五〇〇円となり、前記一〇万円にこれを加えると金八七万二、五〇〇円となる。

(3)  休業補償

原告は家庭電気製品の卸販売業を営む鈴木屋本店に勤務し、月額金五万円の平均賃金を得ていたが、本件事故により昭和四一年九月五日から入院治療のため就業することが出来ず将来可成りの期間に亘つてこの状態が継続するのであるが、取敢えず昭和四二年一二月五日までの休業補償として金八〇万円を請求する。

(4)  逸失利益

原告は前記後遺症からみて、その労働能力は三分の一に減退したとみるべく、原告は大正九年八月三〇日生れで、六五才まで今後一七年間稼働が可能であると推定されるから、この間の得べかりし利益はホフマン式計算方式により中間利息を控除して現在価を求めると金三六三万八、九一八円となる。

(5)  慰藉料

原告は前記傷害により現在に至るも(約一年余り)、未だ入院中で本件事故当初追突のショックのため失神し爾来約七〇日間三九度の高熱が続き、現在に至るも前記後遺症のため就寝した儘である。

本件事故が被告鈴木の一方的過失によるものであること、原告は妻ほか子供六人が居り一家の生計の中心であつたこと、及び前記傷害の部位・程度、後遺症等総合勘案すれば原告が受けた精神的苦痛を慰藉するには金五〇〇万円を以て相当とする。

(6)  車両破損による損害

原告は本件被害車両を昭和三七年五月九日、金四二万五、〇〇〇円で購入したが、右車両は本件交通事故によリスクラップ同然になり、金五、〇〇〇円の価値しかなくなつたからその破損による損害は少くとも金三〇万円を下らない。

三、被告らの責任

(1)  被告鈴木は、加害車を所有し、これを自己のため運行の用に供していたものであり、且つ前方注視義務を怠つた過失により本件事故を惹起した。

(2)  被告大東京火災海上保険株式会社(以下被告会社という。)は被告鈴木との間に本件加害車が第三者に与えた自動車事故の損害について填補する旨の自動車損害保険契約(保険金額一、〇〇〇万円)を締結している。ところが被告鈴木は原告が受けた本件損害を支払う能力がなく、かつ自己の債務を履行して被告会社に保険金給付の請求をしないので原告は民法四二三条により被告鈴木に対する本件損害賠償請求権を保全するため、被告鈴木に代位して同被告の被告会社に対する保険金給付請求権を行使するものであり、被告会社は原告に対し本件損害金を支払う義務がある。

四、よつて被告らは連常して原告に対し前記損害金合計金一、一七二万六、四二八円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和四一年九月五日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべきである。

第三、被告らの答弁ならびに抗弁

一、被告らの答弁

(1)  請求原因事実一のうち(5)傷害の部位・程度(6)後遺症の点は否認し、その余は認める。

(2)  請求原因事実二はすべて否認する。

(3)  請求原因事実三の(1)は認め、(2)の中、被告会社が加害車について自動車損害保険契約を結んでいることは認めるが、その余の事実は否認する。

二、被告らの弁済の抗弁

被告鈴木は原告に対し、次のような支払をした。

(1)  治療雑費 二一万二、八八五円

(2)  休業補償費 一八万円(昭和四一年一二月一〇日金三万円、同年同月二九日金一五万円)

三、被告会社の主張

原告の被告会社に対する請求は以下に述べるとおり理由がない。

(一)  原告の被告会社に対する本訴請求は被告鈴木が損害賠償義務を履行すればもはや請求しえなくなるものであつて、被告鈴木の不履行を停止条件とするものであるから主観的予備的請求というべきであり、この点から却下を免れない。

(二)  被告鈴木は本件について判決(和解・調停等を含む)が確定すれば、被告会社に対し保険契約にもとづき右損害の填補請求ができるのであるから、無資力ではなく、支払能力があることになる。

(三)  被告鈴木の被告会社に対する保険金請求権は未だ具体化現実化していないから、被告鈴木自身行使しえないものであり、従つて原告がこれを代位行使することもできない。

凡そ保険者の被保険者に対する保険金支払義務は保険事故の発生(被保険者が法律上の損害賠償責任を負担すること)と填補すべき損害額の存在、確定の二要件を備えたときに発生・具体化するのであるが、右の保険事故の発生時期は被保険者が敗訴判決を受けた時または保険者の承認ある示談が成立した時(すなわち損害額が確定した時)と解すべきであり、また填補すべき損害の存在・損害額の確定は、保険契約の無効または解除事由(告知義務違反等)の存否、損害填補の免責事由(被保険者の故意、無免許運転等)の存否、保険者の責任発生の前提要件をなす各種義務(事故発生の通知義務等)の履行の有無および被保険者の義務違反が保険者に対する損害賠償義務を生じ、保険金からその損害額を控除されるところの各種義務(損害防止義務等)の履行の有無を検討して決定される。そしてそれが強制保険金額を超える場合に保険金額を限度として保険者の填補責任が生ずるのである。

しかるに被保険者たる被告鈴木が加害者から訴求を受け応訴中である本件にあつては、原告の被告鈴木に対する賠償請求の損害額は未だ確定せず、従つてまた被告会社の被告鈴木に対する損害填補義務は未だ具体化、現実化していない。

(四)  将来具体化・現実化する被保険者の保険金請求権は被保険者の前記のような各種の義務の履行を停止条件とし、そのような義務をも包括した法的地位をいうものと解すべきであり、右の義務のうち損害防止義務は第三者が被保険者に代つて行使することはできないものと解すべきであるから、原告は将来具体化・現実化する被告鈴木の被告会社に対する保険金請求権を代位行使することはできない。

(五)  仮にかかる停止条件付権利を代位行使することができるとしても、被保険者である被告鈴木自身すでに右権利を行使している。

即ち被告鈴木は被告会社に対し、昭和四二年二月一〇日、本件事故発生の通知をし、続いて三月三一日、原告から多額の損害賠償請求を受けたため原告の診断書を持参し、責任の填補を要請したから、この時に将来の損害額の確定を停止条件として保険金請求権の行使の意思表示があつたものというべきである。

従つて被保険者自ら権利の行使に着手した以上、これを第三者が代位行使する余地はない。

(六)  仮に被告鈴木が右権利を行使していないとするも、その義務は未だ履行期が到来していない。

即ち保険者の保険金支払義務の履行期は保険金請求書、損害額を証明すべき書類等を受領した日から、原則として三〇日以内であり、調査の必要な場合は調査終了後であるところ、本件の場合、被保険者である被告鈴木の原告に対する損害賠償義務は未だ定まらず、また保険金請求書および損害を証明する書類等の提出もないから、被告会社の保険金支払義務は未だ履行期に来ていない。

そうとすれば、原告の被告会社に対する請求は将来の給付の訴であるが、原告にはあらかじめその請求をしておく必要性がない。

第四、被告の抗弁および主張に対する原告の主張

一、一部弁済の主張について

治療雑費として金七万七、〇〇〇円、休業補償費として金一八万円を受領したことは認めるが、その余は否認する。

右金一八万円については、請求の減縮をしているものである。

二、被告鈴木は被告会社に対し、保険金請求書、損害額を証明すべき書類等の提出をしていないから、保険金請求権の行使をしていない。

三、また原告はすでに本訴において右のような書類その他の証拠を被告会社に提出し、三〇日以上を経過したから、被告会社の債務は現実化している。

第五  証拠《省略》

理由

一、原告

一本件事故の発生および被告鈴木の責任

原告主張の日時、場所においてその主張のような交通事故が発生したこと、右事故について被告鈴木に前方注視義務を怠つた過失があること、被告鈴木が加害車を所有し、これを自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。

右事実によれば被告鈴木は自動車損害賠償保償法三条、民法七〇九条により、原告が本件事故によつて蒙つた後記の損害を賠償する義務がある。

二原告の受傷および治療経過

<証拠>ならびに鑑定人<省略>の鑑定の結果を総合すると、原告は本件事故により、頭部、頸部打撲裂挫創、腰部打撲挫傷、脳震盪症、頸椎鞭打損傷の傷害を受け、昭和四一年九月五日から東陽外科病院に入院して治療を受けて来たが、当初は症状に変化があつたが、昭和四二年八月頃から頸部痛、腰部痛、左小指知覚鈍麻等の症状が一貫してあり、昭和四二年三月頃にはこれらの症状が完全に固定していたこと、昭和四二年八月頃には温泉療法が適当と認められたが、原・被告ら間にそれに要する費用の負担等について意見のくい違い等があり、これが実現できなかつたこと、昭和四三年三月頃にはすでに症状も固定し、入院治療の必要性は特に認められなかつたが、原告は通院交通費等の費用に窮したため退院せず、同年九月一三日現在入院中であつたこと、原告は昭和四三年五月一五日、中部労災病院において労災補償等級第九級の後遺症が存するものと認定されたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

三損害

イ、病院治療費  金八四万二、七四四円

<証拠>を総合すると、原告が、昭和四二年七月一四日から同四三年九月一〇日までの間の東陽外科病院における入院治療費は金一一一万五、〇一〇円であることが認められる。しかしながら前示のとおり、原告の症状は昭和四三年三月頃には症状が固定し、同年五月の中部労災病院における鑑定時にはすでに前示のような後遺症を残して完全に症状が固定していたことが認められるから、昭和四三年五月二〇日まで入院治療費は本件事故による損害と認められるが、その後の分については事故と相当因果関係ある損害とは認められない。

ロ、治療雑費  金一八万五、五〇〇円

<証拠>を総合すると原告は入院当初は家政婦を雇つたが、昭和四一年一一月一日から昭和四二年一二月三一日まで原告の妻が附添つて看護した事実、および原告が入院治療雑費として少くとも金一〇万円を支出した事実が認められるが、原告主張のその他の事実はこれを認めるに足りる証拠がない。しかしながら、<証拠>によると原告が附添看護を要した期間は昭和四一年九月五日より同年一〇月三一日までの五七日間であることが認められるから、原告の妻の昭和四一年一一月一日より同四二年一二月三一日までの附添は必要不可欠とは言えないことになり、右の妻の附添による費用は本件事故による損害とは認め難い。従つて、当裁判所に顕著である当時の附添人の賃金一日一、五〇〇円の五七日分合計金八万五、五〇〇円を以て附添による損害とし、これに前記金一〇万円を加え、合計金一八万五、五〇〇円が治療雑費としての損害となる。

ハ、休業補償  金九二万九、三三〇円

<証拠>を総合すると、原告は本件事故当時鈴木屋本店に電気製品のセールスマンとして勤め、月平均金四万九、三四五円の給与を得ていたところ、本件事故のため昭和四一年九月五日から現在に至るまで休業中であることが認められる。

しかしながら、前示のように原告はすでに昭和四三年三月頃にはすでに症状が固定したのであるから、休業補償は同年二月末日までの分を相当とすべく、その期間中の休業補償費は金九二万九、三三〇円となる。

ニ、逸失利益  金一五三万二、二九九円

原告は前示のとおり電気製品のセールスマンをしているのであるが、原告本人尋問の結果によれば、その仕事の内容は重い荷物を車に積んで運ぶことも含まれていることが認められるから、前示の後遺症により、その三五パーセントの労働能力を喪失したものと解される。そして原告は昭和四三年四月一日現在四七才<証拠>であつたから今後六〇才まで一三年間稼働できるものというべきところ、今後少くとも一〇年間は右のような状態が続くものと考えられる。

従つて、原告の給与額を基礎にして一〇年間の逸失利益をホフマン式計算方法により年毎に五分の中間利益を控除して昭和四一年九月五日における現価額を求めると金一五三万二、二九九円となる。

ホ、慰藉料  金二〇〇万円

原告本人尋問の結果によれば、原告の家族は妻ほか子供四人であり、原告は一家の中心的存在であつたことが認められる。右事実に前示の本件事故が被告鈴木の一方的過失によるものであること、原告の傷害の部位・程度・治療経過・後遺症の部位・程度・その他本件弁論にあらわれた諸般の事情を総合して勘案すれば原告が受けた精神的苦痛を慰藉するには金二〇〇万円が相当である。

ヘ、車両破損による損害  金四万一、〇〇〇円

<証拠>を総合すると、原告が運転していた自動車(ダットサンキャブライト)は原告が昭和三七年五月九日訴外華陽モーター(株)から金四二万五、〇〇〇円で購入したものであること、右自動車は本件事故によりスクラップ同然となりその価格は金五、〇〇〇円であること、および右自動車と同型車の本件事故当時における法定消却済価格は四万六、〇〇〇円であつたことが認められるから車両破損による損害は右金額から前記五、〇〇〇円を控除した金四万一、〇〇〇円である。

右イないしへの合計額金五五三万〇、八七三円が、本件事故による原告の受けた損害額となる。

四一部弁済の当否

被告鈴木が原告に対し治療雑費として金七万七、〇〇〇円、休業補償費として金一八万円を各支払つた事実は当事者間に争いがない。更に、<証拠>を総合すれば、被告鈴木は原告に対し治療雑費(附添費を含む)として右金額の他に金一三万五、八八五円を支払つた事実が認められる。従つて被告鈴木は原告に対し治療雑費として合計金二一万二、八八五円を支払つたことになり、これは原告の治療雑費として認められる前示の金額を超えるから、右金額以上に出費を要したことの立証のない本件にあつては原告の治療雑費の請求は理由がないものといわねばならない。(なお前記休業補償費としての金一八万円については既に請求を減縮してあるとの原告の主張を認めるに足りる証拠はない。)

従つて、前記損害額から右の金三六万五、五〇〇円を控除した金五一六万五、三七三円について、被告鈴木は原告に対し賠償義務を負うことになる。

五被告会社に対する請求の当否

(一)  被告会社は原告の被告会社に対する請求はいわゆる主観的予備的請求で失当であると主張するが、被告会社に対する本訴請求は、原告の被告鈴木に対する請求が認容せられないことが条件となつているものでないから、いわゆる主観的予備的請求でなく、この点の被告会社の主張は失当である。

(二)  また被告会社は、被告鈴木は本件判決にて原告に対し損害賠償義務ある旨の判決が確定すれば、被告会社に対し保険契約にもとづき、右損害の填補請求ができるのであるから無資力がないと主張するが、金銭債権者が代位権を行使するについて債務者が無資力なりや否やは代位権の目的たる債権を除外して定むべきであるから、被告会社の右主張は失当たること明らかである。

(三)  次に被告会社は被告鈴木の被告会社に対する保険金請求権は未だ具体化・現実化していないから、原告は右請求権を代位行使することができないと主張するのでこの点について判断する。

(1)  被告会社が加害車について自動車損害保険契約(いわゆる任意保険―以下本件保険という)を締結していることは当事者間に争いがない。

そして<証拠>によれば、本件保険契約の保険契約者は被告鈴木の子である鈴木美智子であるが、被告鈴木も被保険者に入つていること、右保険契約は被保険者が自動車の所有、使用、管理に起因して他人の生命、身体を害し、または他人の財物を滅失き損、汚損したことにより法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害を保険者が保険金額の範囲内で填補する(但し、生命、身体に対する損害については自動車損害賠償保障法による責任保険から支払われる金額を超過する場合に限る)ことを内容とするものであること、保険者の契約解除(告知義務違反等)、免責(無免許運転者による事故等)に関する約定があること、保険者または被保険者が事故の発生を知つたときは損害の防止軽減につとめ、事故発生の日時・場所・事故の状況・損害の程度・損害賠償請求を受けた場合にはその内容等を通知し、保険者の行う損害調査に協力し、あらかじめ保険者の承認を得ないで損害賠償責任の全部または一部を承認してはならず、また損害賠償責任に関する訴訟を提起し、あるいは提起されたときは直ちに保険者に通知すること等の義務を負い、正当な理由がなく右の義務に反したときは保険者は損害の全部または一部を填補しない旨の約定がされていること、保険者が填補責任を負う金額の範囲は被保険者の損害賠償額のほか損害防止に必要または有益な費用、争訟費用等一定の要件の下に定められていること、保険者が填補すべき金額の決定につき保険者と被保険者の間に争いが生じた場合の対処規定が存すること、損害填補の手続およびその時期に関して、被保険者が損害の填補を受けようとするときは事故発生の日から六〇日以内または保険者が書面で承認した猶予期間内に保険金請求書、損害額を証明すべき書類および保険者が特に必要と認める書類または証拠を保険証券に添えて保険者に提出することを要し、保険者は右の書類または証拠を受領した日から三〇日以内(保険者がその期間内に必要な調査を終了できないときはその終了後遅滞なく)に保険金を支払う旨の定めがあることの各事実が認められる。

(2)  ところで交通事故等不法行為に基づく損害賠償債権は事故の発生と同時に発生し且つ履行期に至るのであるが、その損害額は一般的にははじめより当事者間に確定していないから、通常当事者間の示談又は判決等の訴訟手続を経て損害額が確定するものといわなければならない。一方本件保険はいわゆる対人賠償保険で被保険者即ち加害者の救済(損害の填補)を主眼として設けられたものであり、すべて定型的な自動車保険普通保険約款に基づいて締結されている。そして右約款は右認定のようにまず第三者に損害が生じこれについて加害者たる被保険者の賠償責任の存否、賠償額の確定手続を経させ次いで保険金請求権の存否、保険金支払額の確定手続に入るという二重構造をとつており、前者の手続を経ない以上、後者を論ずる余地がないことを明らかにしている。従つて保険金請求権は被保険者の被害者に対する損害賠償額の確定した後にはじめて行使しうるものと解される。

ところで本件は原告が加害者である被告鈴木に対し損害賠償を請求すると共に保険者である被告会社に対し代位権によるものとしてその主張の如く保険金を請求しているものであるが、かかる同一訴訟である場合一応そこに同時判断の可能性が残されているともいえる。

しかしそこでなされた判断は被告鈴木が上訴をした場合、損害賠償額が争いない状態に達する前に、別言すれば右賠償額が当事者間に確定する前に保険金請求の当否を判断したことになる。もつとも右両請求がいわゆる必要的共同訴訟として取扱われれば右両請求は常に矛盾なく確定するが、そのような解釈は採ることができないから、結局右両請求は常に矛盾なく確定することは保し難く、又前記認定のような本件保険の目的、約款等に徴しても右の場合においてだけ例外的に認めることは相当でないといわねばならない。

又被告鈴木は元来本件損害賠償額の確定前は自ら被告会社に対し保険金請求権を行使し得ない状態にあるものであり、なお一般に保険会社は免責事由などがない限り損害額が確定すれば保険約款上の保険金を遅滞なく支払つている現状から観て、原告に本件代位権を認める必要性は未だないものといわねばならない。

以上認定説示のとおりであるから、原告と被告鈴木間に右損害賠償額が確定する前における原告の被告会社に対する代位権に基づく本訴請求は理由がない。

六以上の次第であるから被告鈴木に対しその請求中金六万五、三七三円およびこれに対する履行期の後である昭和四一年九月五日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから右の限度でこれを正当として認容し、その余は失当として棄却し、被告会社に対する請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、九二条、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(西川力一 高橋一之 村田長生)

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